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臨床研修のあり方

(公社)日本医学協会会員 各位

医師臨床研修のあり方に関する厚生労働省案について、当協会の意見を纏め、 平成14年11月21日付で厚生労働省へ提出いたしました。 以下に提出意見を原文のまま掲載します。 会員各位のご意見をお寄せください。 なお、この意見は機関誌「医学と医療」新年号にも掲載する予定です。



医師臨床研修のあり方―厚生労働省(案)に関する日本医学協会の意見

 日本医学協会は創立以来37年を経る厚生労働省管轄の社団法人で、 近年は主として医療者および一般向けの医療に関する啓蒙活動に 事業の中心をおいて参りましたが、医学教育に関しても常に重大な関心を 持って参りました。私どもは日本医学協会の理事会および常務理事会において、 今回の医師臨床研修必修化に関する討論を重ねて参りましたので、 その結果まとまった意見を、現在厚生労働省がインターネットのホームページで行っている 一般国民の意見募集に応える形で申し上げたいと思います。 検討に参加した者は大学の名誉教授、現役の教官から病院勤務医、 特に臨床研修病院で直接研修の責に任じていた者、 およびこの問題に関心ある開業医などに及び、 特に申し上げたいことはその中に、特定団体や組織の利害を代表する立場からの 発言が入っていないということです。

1 二年の初期研修の必修化について
 アメリカでも既に何年も前に医師の卒後初期研修としての インターン制度を廃止し、ドイツも今年その廃止を決定したときに、 なぜ日本はこれから初期研修必修化に進むのか。
 これらの国では初期臨床研修に相当する部分を、 医学部の最終学年全部またはその前学年も含む期間を 病院に常勤する形で卒前教育に組み込んだための廃止措置であり、 我が国では、それに相当する教育が卒前教育に組み込まれていない。 また近年我が国の大学医学部で行われ始めたクラークシップ教育も、 大学病院の20以上の数に及ぶほとんどすべての科を短期間配属させるだけの、 実地臨床からはほど遠い、アメリカでもかつて失敗した 教育の断片化 (fragmentation) の形で行われているものであり、 未だ臨床に従事する医師に必要な基礎的臨床研修になっているとは言い難い。
 従って、上述先進諸国の趨勢と逆行しているかに見えても、 我が国では卒業直後の臨床研修の必修措置は妥当であり、 また、現代医学の内容の膨大さからみても、2年の期間はむしろ最小必要期間と考える。

2 臨床研修は学習か、労働か
 第一に臨床研修は第一線で患者の診療に従事する形でしか得られない学習で、 そのためには患者の診療を直接担当して働くことが必須条件であり、 院内一般スタッフの医師と隔離した形では到底学習の効果を期待できないものである。 ただし、学習といえども対象は患者であり、行われる医療は現場の指導者の 責任を伴うものであるこというまでもない。
 学ぶ内容は学習でも、実際に行うことは労働であり、 研修施設にとっては研修医に「指導教育」を付与すると同時に、 研修医の「労働」を対価として得ることに疑問はない。 特に研修2年目に入ると、施設にとって実務上の戦力となり、 診療業務の研修医の労働に負う部分がかなり大きくなる。 その上、われわれの意見では、医師の研修教育は施設の医療水準を 先端に維持するための最高のツールである。 教えるためには指導者自らの学習が強制されるからである。
 以上、臨床研修は一方的に施設の犠牲のもとに行われるものではなく、 研修医にとっては学習、施設にとっては労働及び診療の質維持の手段として 双方に利益をもたらす、いわゆる give and takeの関係にあるものといえる。
 従って、研修医の処遇に関しては、免許または仮免許を有する医師として 一般的な初任給に準ずる処遇は当然であろうし、診療報酬からの支出に何の矛盾もない。 日夜に亘る研修であり、院内または近距離以内の宿舎の確保はいうまでもない。 また、政府としても現在、教育機能の充実した臨床研修病院の 量質に亘る不足を考えると、市中病院に参加を促すため、 さらなる助成金による支援が必要のように考える。
 研修医の労働基準法による時間外勤務手当に関しては、 一般企業の労働と違う特殊性を考えて、弁護士、公認会計士、 などに認められる「みなし労働」の制度が適用されないものかという 質問があったことを挙げておく。

3 研修医の定員数
 厚労省案では研修医の定員は年間入院患者100 人に対し1人、 または病床 10 に対して1人とするとあり、基準の運用の項で、 その数を超えないことという説明がなされている。 ここで示される定員の数はわれわれ市中病院で行ってきた研修の経験からは 実行不可能な数である。この定数の半数でもおそらく消化できない。 見学や講義・討論の形だけの研修なら何人でもこなせようが、 良質な臨床研修には有能な指導者の他に、実際診療に当たる患者の数と 必要な技術を習得するため医療行為の数の存在を必要とする。 気管内挿管を修得するためには挿管する患者が要る。 仮に定数を基準の3分の1に絞っても、例えば全研修医に胸腔穿刺実施の 機会を与えることは難しい。現行の臨床研修病院においての平均 50床に1人という数は妥当なものと考えられ、たとえ大学病院においても ここであげられている定員数は実地研修という立場からは 非現実的であるといわざるを得ない。
 百歩退いて、わが国の現状、特に大学病院における研修の実状を勘案しての 「当面の」基準であると理解してこれを認めるとすれば、 重要なことはこの数が研修医2年次分合計のものであることと、 その数を「超えてはならない」という基準の遵守である。

4 研修医の募集について
 全国公募が謳われているが、問題は少数の例外を除いて、 多くの市中の研修病院では公募しても研修医が集まらなかったところにある。 いうまでもなく、研修医の大学集中に起因しており、 これがわが国の医師臨床研修制度の最大の問題である。
 若い医師の間には基礎的な素養として専門に偏らない、 広い領域の医療の研修が必要であるという認識が確実に広まっている。 これは社会の要求でもある。これに応えるのは行政及び医療領域の指導者の責任である。 従来は大学に集中するからいい研修病院が育たない、いい研修病院が少ないから 大学に集中するという悪循環の中から踏み出せなかった。 この悪循環を断たねばならない。
 研修医の定員に上限を設けることは、厳重に実施されればその 解決法の一つとして大いに役立つであろう。
 大学病院が医局単位の研修を中止し、大学全体として 医師研修センター(仮名)などとしてプログラムを作り、 協力病院との契約も大学病院全体として行うという方法を採れば 改革を大きく推進するだろう。
 マッチングは研修医が大学から溢れてきたとき、 その受け皿を選択するためにはよい方法になるかもしれないが、 大学集中の抑制としては機能しないだろう。
 これらのことは今回の厚生労働省の「新たな医師臨床研修制度の在り方について」 に大筋が盛られている。しかし、問題は如何にして旧に復する逃げ道を塞ぐかにある。 この点、全体として逃げ道がいくつも設けられているかに見えるのが残念である。 「期待される」「望ましい」「目安とする」などという言句が逃げ道を作っている。 ここでもやはり官庁の縦割りへの配慮が目に付くのは勘ぐり過ぎであろうか。
 大きな懸念は、研修医がまず大学の医局に入局し、 医局在籍のまま大学外の研修病院を選ぶ形が一般化しないかということである。 この場合に起こるデメリットは、研修医の選択が医局の手で行われること、 研修内容に関する医局側からの注文が入ることが珍しくないこと、 多くは短期の研修で派遣先を移動するなど研修医が 研修病院に帰属意識を持たないことなどである。 また、研修医を独自に募集し、研修プログラムを作って運営している 市中の研修病院も有力な大学から研修依頼を受けた場合、 医師の供給を受けている恩義などから断れずに引き受けると、 自院の研修医は厳しい試験などで採用されているとき、試験なしの研修医と 同居するという感情が生じたり、両者のプログラムに相違が起こったりなど 細かな問題も生ずるものである。
 もし、大学の教室または医局に在籍のまま他の病院で研修を禁ずる 方法がなければ、市中の単独型または管理型の研修病院に 研修を依頼する場合には、研修病院が採用のために試験や面接を行っている場合には、 その手続きを踏むこと、そして採用、不採用の決定権を研修病院に認めること、 及び行われる研修プログラムは研修病院で設定するものに従うことなどの 取り決めが欲しい。

5 臨床研修プログラムについて
 研修の基本及び必修科目に関しては、産科の研修は我が国の実状においては 必ずしも必修にする必要はないが、特に強く反対する理由もない。 ただ、外科については、プライマリケアにおける重要性は大きなものではない。 むしろ救急の方に重点があり、6ヶ月の中の時間の配分は8週以上にすべきである。 麻酔については、挿管技術の習得のために研修するというのは 患者を単なる学習材料とするもので抵抗がある。 麻酔研修は麻酔技術の習得のために行うべきで、 挿管技術は人形を使えという意見があった。
 なお、今回の新医師臨床研修制度(案)では制度の目的を 「プライマリケア」の教育に置いており、プログラムの内容も その趣旨に添ったものに作られているが、われわれの考えでは 本格的な「プライマリケア医」または「家庭医」の養成には 卒後2年の研修では不十分で、3から4年の年月を必要とし、 今回の制度はあくまでも臨床に従事する医師のすべてに要求される 基礎的素養の教育としか受け取れない。 しかし、意義をそこに限定しても今回の新制度の案は正しく実施されれば 画期的なものと評価する。また、医師の臨床研修で行政が立ち入る領域はこの辺までで、 それ以上の専門研修は学会など民間が取り組むべき問題であると認識する。

6 研修医の指導について
 指導医の定義として臨床経験7年以上、プライマリケアの指導を十分行える 能力の持ち主、というのはほとんど何の意味もない。 例えば卒後研修委員会の委員や委員長など、臨床研修制度の運営のために 責任者を置き、その人たちを指導者と呼ぶのは構わないが、 臨床医学の内容の教育に関して特に指導医のレッテルを貼るやり方は不毛であると思う。 かえって指導医以外の医師が研修指導は自分の責任外と受け取る害の方が大きい。
 臨床研修は現場研修 ( OJT?On the Job Training ) であり、 第一線で患者の診療に従事する形で行われる。 つまり、患者の直接の担当医として働くことを条件とする。 その際、自分の受け持つ患者の主治医が自動的に指導する立場に立つ。 また主治医以外の例えば上級の研修医、特に初期研修を終えた 後期研修医でも実力があれば立派に指導医の役目を果たすことができる。 また、受け持つ患者の数が増えると、主治医の数も増えて、指導医の数は複数になる。 患者の対診や検査、その他診断治療で接触する医師は すべて指導医の役を果たすことができる。
 これをある特定の選ばれた指導者に数人の研修医を割り当てて 教えるという形をとると、研修の効力、迫力が格段に低下する。 取り扱う疾患の種類も患者の数も限定されてくる。
 重要なことはその医師の指導能力は、その人の学会や研究の業績、肩書き、 年齢、経験の長さなどと必ずしも相関しないということで、 いわんや、即席の指導者養成コースなどでできあがるものではないということである。 指導医として優れているか否かは、研修医が正しく見抜くもので、 別段施設の指導医認定を必要としない。 研修医は現場に叩き込み、できるだけ多くの上級医師と接触の機会を設けてやる 環境作りをすることが重要であると思う。
 我が国の卒後教育の遅れを作っているのは、日本の教育の場で踏襲される ヒエラルキーのシステムに固執することで、1人の指導者に 何人もの研修医をつけて教えるのではなく、1人の研修医が多くの異なる指導者から 学ぶという逆ヒエラルキーの発想を持てなかったことだと思う。

 以上、日本医学協会としての意見をお送りいたします。

平成14年11月21日
社団法人 日本医学協会
E-mail: i-kyokai@mbc.sphere.ne.jp